トウメイのハトの絵

★ 2007.05.29  /  小戸公園

連休を取って福岡に戻った。

今日は午後から小戸公園。

松の木立を縫うように道がある。芝生もあり、横は砂浜。シロツメ草が咲いていて、コメツキ蟹がせわしく巣から出たり戻ったり。バトミントンをやってるカップルや、アサリを掘ってる家族連れ、外回りの途中の営業マン、お散歩している老夫婦など平日なのにけっこう賑わっている。


しばらく歩いてウッドデッキの手摺りに寄り掛かり目の前に浮かぶ能古島を眺めていた。あの島には休日用の家を借りたい。あちこちに夏ミカンの木が植わってて目の前には140万都市が広がっている。伯父もベタ惚れしていた。

風が心地よくて波の音が響いている。ホンっとにここはいい。犬なんか連れてたらもっとイイ!

ヨットハーバーまで戻って2階でジュースを飲みながら一時間くらいのんびり、生の松原の海岸〜今宿〜今津〜糸島半島〜能古島まで見渡せる。黄砂ですこし霞んだ博多湾を眺めていた。

白いデッキテーブル&チェアに座っていると開けっ放しの窓からは海風が入ってきて。とても静かで時間は白くて。あまりに心地よすぎて眠くなってくる。

やっぱ福岡はいい。オモイッキリ5月を満喫した。
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★ 2007.05.26  /  ちょっと待て。

京都のホテルで目が覚めたとき
しばらく自分がどこにいるか分からなかった。

ビジネスホテルなんて作りも内装もほとんど同じ景色になっている。


ボーっとしていた。





ワイワイやってる他のサークルとか、そういうものに対して距離を置いていた。

アタマで考えて観察者に徹しようとする自分が居た。

何かを手に入れようと思ったら
何かを差し出さないといけない。

それを知っていたから押し殺していた面もある。


映画をあまり見なくなった。
音楽も車の中くらいしか聞いてない。

活字を読む量がきもちわるいくらい増えた。

本の話。

最近のお気に入りはホリエモン。
いまさらだけど再考に値している。

あと、看護士をやっていた女性がいきなり食材のバイヤー&ライターになり全国を行脚して通販事業を立ち上げた本。


また目が覚めたら京都じゃないのかと妙に思う。

京都にいたのは2日前。

目覚めてつけたTVではドラゴンボールの超初期の放送がやっている。

すいこまれるように。

ペンギン村に悟空が登場している。のり巻き博士もいる。

エンディングの曲と移り変わる数枚の絵もはっきり覚えていた。

めっちゃくちゃ鮮明でピュア。

寝起きの無防備なアタマにはそのインパクトが強すぎて、それを見てからというものフトした瞬間にいくつの頃かの自分が代わる代わる意識の中に登場してくる。


ちょっと待て。

部屋の散らかりぐあいを見渡して、落ち着けていない。
地に足が着いていないのが分かる。

それでいて、なにかに寄りかかったり委ねてしまうのは
自分の美学に反するから肯定する言葉を並べて強がってしまう不器用さ。誰かと同じじゃ幸せじゃない。

だから突っ走り続ける強さを内側に秘めている。
そうやって走って居続けないと窒息しそうで闇が出てくる。

そんな自分が好きでもありちょっとした自己嫌悪だったりして。

でもちょっといい加減こんな自分も改善しないと。気楽に構える余裕というか。

ソクラテスさん自分をオフにする方法を知りませんか。

自分の分身がいたらいいのにとホンキで願う。
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★ 2007.05.14  /  映画バベル


松江でバベルを見た。

ストーリーの中でイスラム、アメリカ、日本の3つの現実が交錯する。

ウィンターボトムのインディスワールドが思い浮かんだ。

ひとつの現実から、もうひとつの現実へと旅をする。

別の世界を探す旅。

現実を巡る1つのトリック。

ぼくはそれを「ある」と思う。

だれかは「ない」と言い誰かはそれを「できない」と表現するかもしれない。

残念だけどあり得ないと思えば、それはあり得ない。

この旅は自分の中の心と頭の中にしかない。

存在を信じない人は、鏡のこちら側にいて「自分を見つめ返す自分」をただ見つめ続けるだけだ。

存在するかどうかはまだ分からなかったけど、存在して欲しいとは思っていたし、なにしろそこに映った自分の姿が好きではなかった。

そのような世界があるはずだと心に決めた瞬間に、僕は鏡を通り抜けた。

思い込みがちな現実を変えて自分の旅を始めない限り、鏡は通り抜けれない。

大事なのは、自分の現実を常に広げ続けていくこと。

言葉は脳が使う道具であり思考は現実化する。

だからこの旅ができるのは、そのような世界が存在するという可能性を信じることができた人だけ。

いくらあがいてもバベルの闇は消すことはできない。

闇は消そうとするのではなく、光をもって行いけばいい。

なぜならこの旅は自分たちの内側にある現実にかかっている。

体当たりするくらいで丁度いい。

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