「あらゆる人が国家を犠牲にして生きていきたいと望んでいる」とバスティアは書いた。と同時に、対極の立場に対しても、「国家がすべての人を犠牲にして生きるものであることを忘れている」と、偽りのベールをかぶって合理化することを、これらの二重思考であざ笑った。
安全保障をアウトソーシングを呼ぶエコノミストの鋭さには参ってしまうけど、「未来は私たち一人一人が日々行う選択の積み重ねの中で決まっていきます」と唱える視野には賛辞を送りたい。
それにしても日清戦争がきっかけで「日本でもこんな野菜が作れたらいいのに」と思いそれを実行した人もいたおかげで、ハクサイが日本で知られるようになったとは知らなかったー。